大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

最高裁判所第三小法廷 昭和59年(オ)557号 判決

上告人

大阪産業信用金庫

右代表者代表理事

粟井岩吉

右訴訟代理人弁護士

宇佐美明夫

今泉純一

宇佐美貴史

青木徹三破産管財人

被上告人

滝敏雄

主文

被上告人の請求中金五一〇万〇八〇〇円及びこれに対する昭和五五年八月八日から支払ずみまで年五分の割合による金員の支払請求を認容した部分につき、原判決を破棄し、第一審判決を取り消す。

右部分につき被上告人の請求を棄却する。

上告人のその余の上告を棄却する。

訴訟の総費用はこれを二分し、その一を上告人の、その余を被上告人の各負担とする。

理由

一上告代理人宇佐美明夫、同今泉純一、同宇佐美貴史の上告理由第二の第一点のうち否認権の行使に関する部分について

原審の適法に確定した事実関係のもとにおいて、所論の点に関する原審の判断は、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は、ひっきょう、独自の見解に立って原判決を論難するものにすぎず、採用することができない。

二同第一点の(5)及び第二点について

信用金庫法に基づいて設立された信用金庫は、国民大衆のために金融の円滑を図り、その貯蓄の増強に資するために設けられた協同組織による金融機関であり、その行うことのできる業務の範囲は次第に拡大されてきているものの、それにより右の性格に変更を来しているとはいえず、信用金庫の行う業務は営利を目的とするものではないというべきであるから、信用金庫は商法上の商人には当たらないと解するのが相当である(最高裁昭和四六年(オ)第七八一号同四八年一〇月五日第二小法廷判決・裁判集民事一一〇号一六五頁参照)。そして、信用金庫の行うことのできる業務の性質が右のとおりである以上、特定の取引行為についてだけ信用金庫が商人に当たると解することもできないというべきである。したがって、商事留置権の成立を否定した原審の判断は正当として是認することができる。原判決に所論の違法はなく、論旨は採用することができない。

三同第一点の(2)ないし(4)及び第五点について

原審の適法に確定したところによれば、青木徹三は、自動車部品の販売業を営み、上告人との間で、昭和五二年一月二七日、信用金庫取引約定書(以下「約定書」という。)を差し入れて信用金庫取引約定(以下「本件取引約定」という。)を締結し、株式会社コーリン等の取引先から売掛代金の支払のため取得したすべての手形につき、上告人に取立を委任して譲渡裏書のうえ交付し、資金繰りのため必要となる都度、右手形の割引を受けるなどの取引を行ってきたものであるところ、約定書四条には、「担保」との標題のもとに、「① 貴金庫に現在差し入れている担保および将来差し入れる担保は、すべてその担保する債務のほか、現在及び将来負担するいっさいの債務を共通に担保するものとします。② 債権保全のため必要と認められるときは、請求によって直ちに貴金庫の承認する担保もしくは増担保を差入れ、又は保証人をたてもしくはこれを追加します。③ 担保は、かならずしも法定の手続によらず一般に適当と認められる方法、時期、価格等により貴金庫において取立または処分のうえ、その取得金から諸費用を差引いた残額を法定の順序にかかわらず債務の弁済に充当されても異議なく、なお残債務がある場合には直ちに弁済します。④貴金庫に対する債務を履行しなかった場合には、貴金庫の占有している私の動産、手形、その他の有価証券は、貴金庫において取立または処分することができるものとし、この場合もすべて前項に準じて取扱われることに同意します。」と定められており、同年一一月二五日に約定書の一部につき変更の合意がされた際にも、この定めについては変更されなかった、というのである。

そこで、約定書四条四項の趣旨について考えるに、同条一項ないし三項が「担保」との文言を用いて担保の設定、処分に関して定めているのに対し、同条四項が「担保」との文言を用いていないこと、及び同条項の内容等に徴すると、同条項は、信用金庫の取引先がその債務を履行しない場合に、信用金庫に対し、その占有する取引先の動産、手形その他の有価証券を取り立て又は処分する権限及び取立又は処分によって取得した金員を取引先の債務の弁済に充当する権限を授与したにとどまるものであって、右手形につき、取引先の債務不履行を停止条件とする譲渡担保権、質権等の担保権を設定する趣旨の定めではなく、取引先が破産した場合には、民法六五六条、六五三条の規定により右の権限は消滅すると解するのが相当である。約定書四条の標題が「担保」となっていることは、右判断の妨げとなるものではない。これと同旨の原審の判断は、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は、採用することができない。

四その余の点について

1  原審の確定した事実関係の概要は、前記のほか次のとおりである。

(一)  約定書には、(1) 青木について支払の停止又は破産の申立があった場合には、上告人から通知、催告等がなくても、上告人に対する一切の債務について当然期限の利益を失い、青木は直ちに債務を弁済する旨(五条一項)、(2) 青木が手形の割引を受けた場合、青木について支払の停止又は破産の申立があったときは全部の手形について、また、手形の主債務者が期日に支払わなかったときはその者が主債務者になっている手形について、上告人から通知、催告等がなくても当然手形面記載の金額によって買い戻す義務を負い、直ちに弁済する旨(六条一項)の定めがあるところ、右の定めは、前記変更の合意の際にも変更されなかった。

(二)  株式会社コーリンは、昭和五五年二月二八日及び翌二九日に不渡手形を出し銀行取引停止処分を受けて事実上倒産し、青木は、資金繰りに窮し、同年三月四日債権者の追及を避けるため閉店して支払の停止をし、同月二二日債権者から破産の申立をされ、同年四月一七日破産宣告を受けるに至り、被上告人が破産管財人に選任された。

(三)  青木は、上告人に対し、昭和五四年一二月二九日に原判決別紙約束手形目録1及び2の手形(以下、同目録記載の各手形を「1の手形」、「2の手形」等という。)につき、昭和五五年一月二六日に3ないし7の手形につき、同月二九日に8及び9の手形につき、同年二月二六日に10ないし12の手形につき、いずれも取立を委任して譲渡裏書のうえ交付し、上告人は、前記支払の停止及び破産の申立ののちに破産宣告がされるまでの間に、支払の停止があることを知りながら5及び7の手形(金額合計五一〇万〇八〇〇円。以下「甲手形」という。)を、破産宣告後同年八月七日までの間に1ないし4、6及び8ないし12の手形(金額合計三八六万七二三九円。以下「乙手形」という。)を、それぞれ取り立てた。

(四)  被上告人は、上告人に対し同年七月一七日到達の内容証明郵便で、手形の取立を終了したものについては取立金を、取立未了のものについては手形を同月二二日までに返還するよう請求した。

(五)  上告人は、同年三月二二日に青木について破産の申立があったため、約定書六条一項に基づき、遅くとも同日には青木に対し、同人の依頼を受けて割り引いていた原判決別紙手形買戻請求権の表示(二)記載の約束手形三通を含む約束手形の買戻請求権を取得し、青木は、約定書五条一項により、同月二三日右買戻債務につき履行遅滞に陥った。

(六)  上告人は、昭和五七年七月二八日の口頭弁論期日において、被上告人に対し、前記約束手形三通を呈示して、その買戻請求権のうち前記買戻請求権の表示(二)記載の各債権(合計八九六万八〇三九円。以下「本件各買戻債権」という。)を自働債権とし、青木(したがって被上告人)の上告人に対する本件手形取立金引渡請求権等(合計八九六万八〇三九円)を受働債権として対当額で相殺する旨の意思表示をした。

2  右事実関係のもとにおいて、原審は、(1) 甲手形の取立金の引渡債務について、破産法(以下「法」という。)一〇四条二号但書にいう「支払ノ停止若ハ破産ノ申立アリタルコトヲ知リタル時ヨリ前ニ生ジタル原因」(以下「前ニ生ジタル原因」という。)とは、債務負担の具体的かつ直接的原因をいい、本件において昭和五二年一月二七日に成立した手形取立委任契約(本件取引約定)のごときものをいうのではないと解するのが相当であるから、同号本文によりこれを受働債権として相殺することは許されない旨、(2) 上告人は、破産宣告による取立委任契約終了後に乙手形の手形金を取り立てて取得したことにより破産財団に対し不当利得返還債務を負担するに至ったものであるから、同条一号によりこれを受働債権として相殺することは許されない旨、それぞれ判示している。

3  しかしながら、原審の右判断は、乙手形については正当として是認することができるが甲手形については是認することができない。その理由は、次のとおりである。

(一) 破産債権者が、支払の停止及び破産の申立のあることを知る前に、破産者との間で、破産者が債務の履行をしなかったときには破産債権者が占有する破産者の手形等を取り立て又は処分してその取得金を債務の弁済に充当することができる旨の条項を含む取引約定を締結したうえ、破産者から手形の取立を委任されて裏書交付を受け、支払の停止又は破産の申立のあることを知ったのち破産宣告前に右手形を取り立てた場合には、破産債権者が破産者に対して負担した取立金引渡債務は、法一〇四条二号但書にいう「前ニ生ジタル原因」に基づき負担したものに当ると解するのが相当である。けだし、債務者が債権者に対して同種の債権を有する場合には、対立する両債権は相殺できることにより互いに担保的機能をもち、当事者双方はこれを信頼して取引関係を持続するのであるが、その一方が破産宣告を受けた場合にも無制限に相殺を認めるときは、債権者間の公平・平等な満足を目的とする破産制度の趣旨が没却されることになるので、同号は、本文において破産債権者が支払の停止又は破産の申立のあることを知って破産者に対して債務を負担した場合に相殺を禁止するとともに、但書において相殺の担保的機能を期待して行われる取引の安全を保護する必要がある場合に相殺を禁止しないこととしているものと解されるところ(最高裁昭和五七年(オ)第二四六号同六一年四月八日第三小法廷判決・民集四〇巻三号五四一頁参照)、破産債権者が前記のような取引約定のもとに破産者から個々の手形につき取立を委任されて裏書交付を受けた場合には、破産債権者が右手形の取立により破産者に対して負担する取立金引渡債務を受働債権として相殺に供することができるという破産債権者の期待は、同号但書の前記の趣旨に照らして保護に値するものというべきだからである。

これを本件についてみるに、原審の確定した前記の事実関係によれば、青木は、本件取引約定に基づき、青木の支払の停止及び同人に対する破産の申立の前である昭和五五年一月二六日上告人に対し、甲手形につき取立を委任して譲渡裏書のうえ交付し、上告人は、右支払の停止及び破産の申立ののち破産宣告がされるまでの間に甲手形を取り立て、青木に対して取立金合計五一〇万〇八〇〇円の引渡債務を負担するに至ったというのであるから、右取立金引渡債務は、法一〇四条二号但書にいう「前ニ生ジタル原因」に基づくものに当たるというべきである。そして、記録によれば、上告人が原審において右と同旨の主張をしていることは明らかであるから、甲手形に関して、前記手形取立委任契約(本件取引約定)が取立金引渡債務の具体的かつ直接的な原因に当たらないことを理由に、取立金引渡債務が同号但書の場合に当たらないとして上告人のした相殺の効力を認めなかった原判決には、法令の解釈適用を誤った違法があるというべきであり、後記(三)のとおり右違法が判決に影響を及ぼすことは明らかであるので、この点をいう論旨は理由がある。

(二)  次に、原審の確定した前記の事実関係によれば、青木は、上告人に対し、乙手形につき取立を委任して譲渡裏書のうえ交付したものであるところ、右の取立委任は青木が破産宣告を受けたことにより終了し(民法六五六条、六五三条参照)、上告人は被上告人に対して乙手形を返還する義務を負うに至ったと解するのが相当である。そうすると、上告人は、取り立てて得た手形金については、不当利得として、被上告人に対し返還すべき債務を負っており、右債務が破産宣告後に生じたものであって法一〇四条一号に該当することは明らかであるから、上告人が右債務を受働債権として相殺することは許されないというべきである。これと同旨の原審の判断は、正当として是認することができる。原判決に所論の違法はなく、この点に関する論旨は採用することができない。

(三)  以上に述べたとおりであるから、原判決中五一〇万〇八〇〇円及びこれに対する昭和五五年八月八日から支払ずみまで年五分の割合による金員の支払を命じた部分は破棄を免れない。そして、原審の適法に確定した前記の事実関係によれば、上告人は遅くとも同年三月二二日に本件各買戻債権を取得し、右債権は直ちに相殺に供しうる状態となり、一方、青木は同年四月一七日までには甲手形の取立金合計五一〇万〇八〇〇円の引渡請求権を取得し、右債権は直ちに相殺に供しうる状態となり、右両債権は同日相殺適状を生じたところ、上告人は本件各買戻債権の元本債権のみを原判決別紙買戻請求権の表示(二)記載の順序に従って受働債権の額に満つるまで相殺に供したものであるから、上告人の相殺により、右五一〇万〇八〇〇円の引渡請求権と右表示(二)記載の(1)の三九一万七〇三二円の債権及び同(2)の債権のうち一一八万三七六八円の債権とが消滅したというべきである。したがって、第一審判決中右五一〇万〇八〇〇円及びこれに対する遅延損害金の支払請求を認容した部分を取り消したうえで被上告人の右請求を棄却し、上告人のその余の上告は理由がないのでこれを棄却することとする。

五よって、民訴法四〇八条一号、三九六条、三八六条、三八四条一項、九六条、九二条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官安岡滿彦 裁判官伊藤正己 裁判官坂上壽夫 裁判官貞家克己)

上告代理人宇佐美明夫、同今泉純一、同宇佐美貴史の上告理由

第一、本件事案の事実の経過の要旨は、原判決の確定した事実関係と差異ないものと解するが、次のとおりのものである。

一、上告人は、信用金庫法に基づいて設立された信用金庫であり、同法第五三条所定の事業を行う金融機関であるところ、関東部品工業有限会社の名称で自動車部品の販売業を営む青木徹三(以下青木という。)との間で昭和五二年一月二七日次のア乃至オの記載のとおりの条項を含む信用金庫取引約定(以下取引約定という。なお、同年一一月二五日上告人と青木との間で、同約定の一部変更を合意したが、次の各条項については、変更はない。)を締結し、同約定に基づいて青木に対し、手形割引・証書貸付等の信用金庫取引を行ってきた。

ア 青木は、債権保全のため、必要と認められるときは、請求によって直ちに上告人の承認する担保、もしくは増担保を差し入れ、又は保証人をたて、もしくはこれを追加する(取引約定四条二項)。

イ 青木が上告人に対する債務を履行しなかった場合には、上告人が占有している青木の手形は、上告人において取立て、又は処分することができ、その取得金から諸費用を差し引いた残額を法定の順序にかかわらず、債務の弁済に充当できる(同約定四条四項)。

ウ 青木について、破産の申立があった場合には、上告人から通知催告がなくとも、青木は上告人に対する一切の債務について期限の利益を失い、直ちに債務を弁済する(同約定五条一項)。

エ 青木について、破産の申立があった場合には、青木は上告人が青木から割引いた全部の手形について、上告人から通知催告等がなくても当然、手形面記載の金額による買戻義務を負担し、直ちにその弁済をする(同約定六条一項)。

オ 青木が上告人に手形割引を受けた場合、割引手形が不渡となったときは、当該不渡手形及び主債務者が同じ割引手形のすべてについて、何らの通知催告なしに当然、手形面記載の金額による買戻義務を負担し、直ちにその弁済をする(同約定六条一項)。

二、前項記載の信用金庫取引として、上告人は、青木より次のとおり、いずれも手形の取立委任として各約束手形の裏書交付を各々受けた。

1 昭和五四年一二月二九日の別紙約束手形目録番号1・2各記載の約束手形二通(以下同目録記載の各約束手形を同目録の番号より、例えば、「1の手形」の如く表示し、又、同目録記載の全部の手形を一括して、表示するときには「本件各手形」と表示する。)

2 昭和五五年一月二六日に3乃至7の各手形五通

3 同月二九日に8・9の各手形二通

4 同年二月二六日に10乃至12の各手形三通

三、上告人は、昭和五五年二月二九日青木から割引いた、株式会社コーリン振り出しの手形が不渡りになったことから、信用金庫取引を継続して行う上で債権保全の必要が生じたため、取引約定四条二項に基づいて、青木に対し、担保の差し入れを要求し、同年三月一日青木との間で上告人の青木に対する債権の担保として、本件各手形を譲り受ける旨の譲渡担保契約を締結し、更に、別紙物件目録記載の建物(以下本件建物という)について、極度額二、〇〇〇万円の根抵当権設定契約及び停止条件付賃貸借契約(以下右各契約を本件根抵当権等設定契約という)を締結し、同月四日大阪法務局西出張所、同日受付第二五八号をもって、根抵当権設定登記及び同出張所、同日受付第二五九号をもって、停止条件付賃借権設定仮登記(以下右各登記を本件各登記という)をそれぞれ経由した。

四、青木は昭和五五年三月二二日、債権者である淡路縫工所こと高島茂太から破産の申立を受け、同年四月一七日大阪地方裁判所で破産宣告を受け、被上告人がその破産管財人に選任されたが、上告人は右破産手続で破産債権届出の申し出があるまで、かかる事実を知らなかった。

五、被上告人は上告人に対し、同年七月一七日到達の内容証明郵便にて、本件各手形について取立の終了したものについては取立金を、又、取立未了のものについては手形そのものを、同月二二日までに被上告人に支払い、又は返還するよう催告したが、上告人はこれに応ぜず、同年八月七日までに本件各手形金合計八九六万八、〇三九円を各手形の満期に取立てた上、取立金については仮受金とし、このうち3の手形の取立金四〇万円のうち、金一一万三、六七〇円を本件根抵当権等設定費用として、上告人が立替えた金員に充当し、その残余である金二八万六、三三〇円と1乃至7、9乃至12の各手形の取立金八五六万八、〇三九円との合計八八五万四、三六九円を昭和五六年二月七日別紙手形買戻請求権の表示(一)記載の請求権の弁済に充当し、その旨同日付内容証明郵便にて被上告人に通知した。

六、被上告人は、本訴により破産法七二条一号、又は四号に基づき、本件根抵当権等設定契約、並びに本件各手形の譲渡担保契約につき、否認権を行使し、上告人に対し各手形取立金八九六万八、〇三九円、及びこれに対する被上告人の催告による右金員の支払期限の後であり、12の手形の最終取立日の翌日である昭和五五年八月八日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払、並びに本件建物につきなされた本件各登記の否認登記手続を求めた。

七、而して、上告人は予備的に、昭和五七年七月二八日の原審における第八回口頭弁論期日において、被上告人に別紙手形買戻請求権の表示(二)記載の株式会社コーリン振り出し手形三通を呈示した上、右手形三通の買戻請求権を自働債権とし、本件各手形取立金返還請求権金八九六万八、〇三九円を受働債権として対当額(別紙手形買戻請求権の表示(二)参照)で相殺する旨の意思表示をした。

第二、而して、上告人は、原判決には次のとおり、法令の解釈適用を誤った違法があると主張するものである。

第一点

原判決は、上告人の本件各手形を譲受ける旨の譲渡担保契約(以下本件譲渡担保契約という)及び本件根抵当権等設定契約について、破産法七二条一号本文の解釈適用を誤り、これを適用すべきでないに拘らず、これを適用し、上記各担保設定契約の否認を認めた違法が存し、これが判決に影響を及ぼしたこと明白である。即ち、

(1) 本件譲渡担保契約及び本件根抵当権等設定契約は、第一の一において記載のとおりの取引約定のあるものの間で、取引約定四条二項に基づく義務の履行としてなされたものであり、青木に義務のないことの履行を求めたものではないから、この限りで青木に「債権者を害する悪意」が存する余地がないし、上告人にも悪意はなかったと解せられる。

蓋し、青木は、青木が取引約定によって、上告人に負担していた義務を実行したものであって、新たに債務を負担し、又新たに不利益な処分をしたものでなく、換言すれば、青木が上記各担保設定契約当時に置かれていた法的地位(有する権利・負担する義務)に上記各担保設定契約をしたことで何らの変更があったものではないと解するからである。もっとも、本件根抵当権等設定契約については、第一、三の記載の如く、これが登記手続を経たことが、青木の債権者に対する関係で、所謂、第三者対抗要件を加重した点は存するが、これについての否認は、破産法七四条に基づき、同法七六条に従って行使されなければならないところ、本件においては、被上告人においてかかる主張・手続がとられたことのないこと明らかであり、これが当然に、破産法七二条一号本文により、否認されることにならないと解するものであるからである。

(2) 更に、本件譲渡担保契約についていえば、上告人は本件各手形について、取引約定四条四項の約定の存する信用金庫取引として、上記第一の二記載のとおり、取立委任を受け、本件各手形を裏書譲渡されていたものであるが、昭和五五年三月一日にこれらを譲渡担保とする旨の約定をなしたというものであるところ、元来、取引約定四条四項は、左記(ア)乃至(オ)の理由により、青木所有の手形が上告人の占有に移ったときに青木の債務不履行を停止条件とする右手形の譲渡担保契約、もしくは質入契約が成立する旨をあらかじめ合意するものであり、上告人は青木から取立委任を受け、本件各手形の裏書交付を受けて、これを占有していたものであるから、右各手形の交付を受けた日に右約定に従って、各停止条件付担保契約が成立したことになると解しているので、本件譲渡担保契約は、いわば上記停止条件を除いて確定的に担保差入をなさしめたというに止まり、何ら青木の一般財産を減少させ、一般債権者に不利益を与えた所為は、何ら存しないといわなければならない。(優先担保権者が、その担保物を担保権の範囲で取得したる場合と同様―換言すれば、約定担保権とし破産法上の別除権となること)

しかも、本件譲渡担保契約に関しては、所謂、第三者対抗要件たる手形の裏書・交付については、青木が危機状態に入る前に得ていたものであるから、上記本件根抵当権設定等契約について述べた如き、何らの加重も行われていないものである。即ち、裏書譲渡の主たる原因が、青木の金融機関たる上告人に対する取立の委任に基づくものであるが、取引約定のある当事者間で通常の譲渡裏書がなされているのであるから、右裏書が取立委任のみの原因でなされたとするよりは取引約定四条四項の予めの合意によって担保権設定の約定をも右裏書の原因に含むものであるとするのが、当事者の合理的な意思解釈であると解されるのである。

(ア) 取引約定の表題が(担保)となっており、約定の解釈は条項の文言のみならず、その表題を含めて合理的に解釈するべきものと解釈されるから、四条四項も担保に関する約定と解することが合理的解釈と解されること。

(イ) 四条四項は、取引先に債務不履行がある場合を前提とする規定であり、通常の担保約定における被担保債務について不履行ある場合の担保権実行約定と同様の体裁を有しているので、単に手形の取立処分による弁済充当についての約定と解することが相当でなく、担保権設定の約定と解すべきこと。

(ウ) 四条四項にいう手形については、金融機関が取立委任を受ける場合においても、貸付等の与信取引がある取引先の場合には、通常の裏書譲渡を受けるのが(本件も同様である)一般商慣習となっており、法形式・対抗要件の点については、質入裏書以上に強い要件が具備されている。そして、四条四項には少くとも金融機関の優先的債権回収を認める特約が含まれていると解することができるので、四条四項をもって担保権設定の合意が存すると解釈することが一般商慣習、並びに法形式に合致した合理的解釈であること。

(エ) 四条四項は、包括的な不特定の目的物に対する担保権の設定を認めたものではなく、金融機関が現実に手形を占有するに至った場合には、その物につき停止条件付担保権設定契約が成立し、取引先の債務不履行により、その条件が成就するとし、金融機関はその手形につき、担保権を取得するものであると解するものであるから、有効な物権契約の設定であるということができ、然かも金融機関において手形の占有を取得し、通常の裏書譲渡を受けるものであるから対第三者の関係において対抗要件を具備しているものというべきであり、かく解しても一般債権者を害するものではないこと。

(オ) 金融取引について、金融機関が占有する手形について商事留置権が認められ難い場合が予想され、これを補充するものとして、四条四項が存在すると解されるのであり、ここに法律上の利益として、金融取引には四条四項を担保約定と解してこれを保護するべき合理的理由がある。

(3) しかも青木は、同年三月二二日破産申立を受けたことによって、取引約定五条一項・六条一項により、上告人に対する全債務について期限の利益を失い、又、上告人が青木から割引いた全部の手形について、青木に買戻債務が生じ、同日の経過によって右全債務につき、履行遅滞となったので、右停止条件が成就したのであるから、本件譲渡担保契約がなくとも上告人は、本件各手形の上に担保権を取得したこと明白である。(尚、対抗要件の裏書の存すること前記のとおり)

(4) 仮に、取引約定四条四項が直ちに担保権設定の約定とは認められないものであるとしても、右約定は少くとも、青木が債務不履行をした場合においては、上告人において、青木から取立委任を受けた手形について、取立委任契約上の義務の履行としてではなく、上告人自らの権限として、右手形を取立てこれによる取立金を青木の上告人に対する債務に充当し得ることを定めたものである。

従って、上告人は本件各手形について、取引約定四条四項に基づく権限の行使として手形の取立を行い、右取立金を青木の上告人に対する債務に充当し得る権限を有するものである。(尚、上記権限行使のため必要な手形裏書交付あること前記のとおり)

(5) 更に、上告人は本件各手形につき、次の(Ⅰ)乃至(Ⅴ)のとおりの理由によって、商事留置権を有する。

(Ⅰ) 上告人は、信用金庫法に基づいて設立された信用金庫であるが、青木との本件信用金庫取引(手形割引・手形取立委任)について、商法の適用において商人と解される。

即ち、商人とは、自己の名をもって商行為を業とする者をいい(商法四条一項)、「業とする」とは営業とする意味であって、利益を得る目的、即ち、営利の目的をもって同種の業務を継続的集団的になすことであり、営利とは収支を相償うことを目的とすることである。

信用金庫は、信用金庫法五三条所定の事業を行う金融機関であり、右事業は他人から資金を取得する受信業務(同条一項一号)とそれを貸付ける与信業務(同項二号・三号)及びその他の公共の金融機関としての業務からなっており、右受信業務及び与信業務は、商法五〇二条八号の「銀行取引」にほかならず、本件における本件各手形の取立や手形の割引は、いずれも同法五〇一条四号の「手形ニ関スル行為」と解される(大判昭和六・七・一民集一〇巻四九八頁)。

信用金庫は、形式的には協同組合たる性格を有しているが、金融機関としての協同組合の典型である中小企業等協同組合法に基づく信用協同組合とは、異った特色を有し、実質的には営利事業を行うものと解すべきものである。つまり、広く国民大衆のための組織であり(信用金庫法一条。商人たる相互銀行に関する相互銀行法一条にも同旨の規定がある)、資本充実の要請から出資金の最低限度額が法定され(信用金庫法五条)、会員の自由脱退の場合には、持分全部の譲渡によることとして(同法一六条)、出資金の減少を防止する措置がとられ、預金等の受け入れの受信業務は、会員以外の者もその対象としており(同法五三条一項一号)、又、貸付等の与信業務も一定の範囲で会員以外の者をもその対象としている(同条二項)。

換言すれば、信用金庫は、会員外の者も含めて、一般大衆から預金等を受入れ、これを資金として会員及び法で認められる者に対して、貸付け等の与信業務を行うとともに会員及び会員外からの依頼によって、手形・小切手の取立等の業務を行う金融機関である。

そして、信用金庫法は、一般大衆である預金者等の保護をもその目的として(同法一条)制定されたものであり、信用金庫は、その受信・与信の業務、その他の業務を会員の利益を増進することよりはむしろ、一般大衆である預金者らの保護のために少くとも、収支相償うことを目的として行わなければならないというべきである。

以上によれば、信用金庫は、実質的には相対的商行為たる「銀行取引」(商法五〇二条八号)及び絶対的商行為たる「手形ニ関スル行為」(同法五〇一条四号)を収支相償うことを目的として、つまり、業として行う金融機関たる法人であると解すべきものである。

そして、又、信用金庫がその業務を業として行うものであることは、信用金庫法が六条二項で「金銭の貸付、その他政令で定める投資を業として行う者は、その名称中に金庫の文字を用いてはならない」と規定していること、信用金庫法は、営利事業の禁止規定を置いていないこと(農業協同組合法八条・消費生活協同組合法九条には、明文で営利事業を禁止しており、又、中小企業等協同組合法五条には、組合はその行う事業により、その組合員に直接の奉仕をすることを目的とする旨の規定がある。)等からもうかがえるものである。

(Ⅱ) 青木は、自動車部品の販売を業とする者で、商人である。

(Ⅲ) 別紙手形買戻請求権の表示(一)・(二)記載の約束手形三通(以下この約束手形三通を「本件株式会社コーリン振り出し手形三通」という)の割引は商行為に該当する(商法五〇一条四号・五〇二条八号)。

(Ⅳ) 本件株式会社コーリン振り出し手形三通の買戻請求権は、遅くとも青木に対する破産申立時である昭和五五年三月一六日に弁済期が到来したものである(取引約定六条一項)。

(Ⅴ) 上告人は、商行為たる手形の取立依頼及び裏書(商法五〇一条四号)によって、本件各手形の占有を取得したものである。

(6) かように、上告人の上記各担保設定契約は、元々取引約定の上で有する優先的権利を実行し、もしくは商事留置権を有するものが、その範囲で譲渡担保権を設定したに止まるのであって、これが行われたことにより、破産法的弁済順位秩序を何ら害するものではないこと明らかであるから、破産法七二一条一号本文による否認さるべきものに該当しないものであるに拘らず、原判決は同条項の解釈・適用を誤り、これを適用して本訴における被上告人の否認を認めたものとして違法たるをまぬがれないというものである。

第二点

原判決は、商法四条一項の解釈適用を誤り、上告人の青木との本件信用金庫取引における信用金庫の商人性を否定したことから商法五二一条の適用を排除した違法があり、これが判決に影響を及ぼすこと明らかである。即ち、

(1) 上告人が商法四条一項にいわゆる商人に該当すると解するを相当とすること、上記、第一点の(5)記載のところから明らかであろう。

即ち、商人とは、自己の名をもって商行為を営利の目的をもって同種の業務を継続的・集団的になすことをいい、営利とは収支が相償うことを目的とすることであると一般的に解釈されているが、営利法人でないことが当然に商人性の取得を否定するものではなく、公益法人あるいは本件信用金庫等の特別法に基づく法人であっても、該法人の性格・形態並びに実際に行なう事業の種類によっては、商人性を取得するべきものと解釈されるべきものであるからである。

然るところ、上告人がなした本件各約束手形の取得行為並びに上記第一、(七)記載のとおりなした相殺の自働債権の原因たる手形割引行為については、商法五〇一条四号の絶対的商行為たる手形に関する行為と解すべきもの(大判昭和六・七・一民集一〇巻四九八頁)であり、上告人と青木は、かかる行為を継続・反覆して行なってきたものであり、かかる取引は収支が相償うことを目的とする行為であると解するべきものであるから、上告人と青木がかかる行為を行う場合、上告人は少くともその限りにおいて、商人性を取得すると解すべきものであるからである。のみならず、信用金庫は上記、第一点の(5)記載のとおり商行為たること明らかな銀行取引・手形に関する行為を収支相償うことを目的として行う金融機関たる法人であり、その業務を業として行うものとして、商人性を有するものであるからその限りおいて、商行為を為すを業とする商人と解するを相当とする。

然るに、原判決は商法四条一項を誤り、上告人の商人性を否定した誤りにより、上告人の所持する本件各手形について商法五二一条の適用を認めず、商事留置権の成立を否定した違法が存する。

そして、これが判決に影響を及ぼすこと明らかである。

第三点

原判決は、破産法一〇四条一号並びに同条二号本文の解釈適用を誤った違法、又は理由不備の違法があり、これが判決に影響を及ぼすこと明らかである。即ち、

(1) 原判決は、上告人が上記第一の一・二記載のとおり、青木より取立委任として裏書交付を受けた本件各手形を各その満期に取立てた取立金と上記第一の七記載のとおりした相殺について、1乃至4、6・8乃至12の各手形(以下これを5・7以外手形という)については、上記第一の四記載の青木の破産宣告により、取立委任契約が終了した後に取立てたものであるから、これが取立金は破産財団に対して不当利得となり、これが返還債務との相殺は破産法一〇四条一号(以下法一号という)により許されないとし、5・7手形については、青木の支払停止後で、且つ破産宣告申立後に支払停止を知りながら、これを取立てたので、これが取立金引渡債務は支払の停止を知って青木に対して負担した債務に当たるので、これが取立金との相殺は、破産法一〇四条二号本文(以下法二号という)により、許されないというものである、という。

(2) 而して、破産法上、相殺は破産宣告の時点をとらえて、その時に双方の債権が対立関係にあればそれを許すのを原則とし、(破産法九八条)、破産は破産債権者に対し、公平な配当をすることを目的とするので他人の破産に瀕することを知って、これに対する債権を取得した者に、自己の債務と相殺することを許すのは不正に破産財団の減少をはかる者を輩出させる弊害があるので立法上、この制限を定めたのが破産法一〇四条各号の場合であると説かれている。

(3) そして、破産法一〇四条各号は、原則に対する例外を定めたものとして厳格に解釈されなければならないところ(例外規定の解釈基準)法一号は「破産債権者が破産宣告の後、破産財団に対して債務を負担したるとき」は相殺を許さずとなし、法二号は「破産債権者が支払の停止、又は破産の申立あることを知りて破産者に対して債務を負担したるとき」は相殺をなすことを得ずと定める。よって、法一号が適用されるには「破産宣告後」の債務負担でなければならず、又、法二号が適用されるためには、破産債権者が債務を負担したときに「支払の停止、又は破産申立のあること」、即ち、債務者が危殆時機にあることを知って債務を負担しなければならず、かかる悪意が債務負担時になければ、この要件を欠くものとして原則により相殺が許され、破産債権者の当該債務負担時に破産者に支払停止、又は破産申立の事実がなければその負担した債務との相殺は、原則により許されると解するが通説、判例であり異論がない。

(4) よって、これを本件についてみるに、本件各手形は、上告人が上記第一の一・二記載のとおり、青木より青木との正常な信用金庫取引として何ら青木に支払停止等の危機状態の発生する以前の昭和五四年一二月二九日より昭和五五年二月二六日迄の間に通常の金融取引による取立委任として、通常の裏書譲渡を受けて占有を開始したものであり、且つ、上告人は右占有を開始したときにおいて、同時に上記第二、第一点の(2)・(4)記載のとおりの取引約定四条四項に基づく取立権限を取得すると共に、本件各手形取立金返還債務を青木に負担したものである。

(5) 即ち、手形取立委任に基づく取立金支払義務は、各手形取立金支払義務は各手形取立委任のときに取立委任手形が取立られ、現金化することを条件として取立金を取立委任者(青木)に返還するものとして負担するとされること手形上、又金融取引上の定説であるから、上告人の本件各手形取立金の支払義務は本件各手形の取立委任を青木より上告人が、受けたとき各具体的・直接的に負担したと解するを相当とする。

(尚、各手形の通常裏書もその時に各取得した。又、この点について、原判決は何ら判断せず、又は手形取立委任によっては、上告人が何らの義務を負担しないかの如く述べている如きものが存する程度であるから、その意味で理由不備の違法が存するといえる。)

(6) かように、上告人が本件各手形について、これが取立金支払債務を青木に負担したのは、上記のところから明らかなとおり、青木の支払停止・破産申立等の危機状態を知る以前の本件各手形の取立委任を受けた昭和五四年一二月二九日より昭和五五年二月二六日迄の間である。而して、かかる上告人の本件各手形取立金支払債務の負担が法一号にも法二号にも該当しないこと、上記(3)で述べたところから明白であろう。

しかるに、原判決は上記のとおり、法一号・法二号の解釈適用を誤り、これを適用したのであるから、この限りでかかる違法があり、これが判決に影響すること明らかである。

(7) 更に、上記(4)乃至(6)の点について、原判決がいうが如く、(上記(1)参照)、本件各手形の青木の取立委任が同人の破産宣告により終了したと解しても、同人の破産宣告時たる昭和五五年四月一七日には、少くとも5・7手形については、尚継続している青木の取立委任に基づくものとして、上告人は取立を了し、これが取立金返還債務は完全に履行期にあり、他方上告人の青木に対する反対債権はすべて弁済期にあった(取引約定五条一項)から、当該手形取立金支払債務の発生を上記(5)記載のとおり解する限り、法二号に該当せず相殺が許されること明らかであろう。

(8) 而して、上記に関し、法二号についていえば、破産債権者が支払の停止又は破産の申立があり、従って自己の債権の実価が下落したことを知っているにもかかわらず、支払の停止又は破産申立後の原因に基づいて債務を負担した場合に、相殺を許すと実価の下落した債権について、特定の債権者のみ満足を得さしめるため公平の原則に反するということから、特にこれが相殺を禁じたものと解されている。

そして、上告人が5・7手形を青木の支払停止・破産申立を知って後に取得したものでないこと、第一記載の本件事案の経過より明らかなことであるから、右立法趣旨に照らし、これが取立金支払債務の負担は、所持手形の取立によって自ら発生したものであり、何ら実価の下落した債権を取得したものでないとして法二号には該当しないというべきであり、少くとも法二号但書に該当するもの(後述第六点参照)として、これが許さるべきであるというものである。

第四点

原判決には、手形取立委任についての法理の解釈適用を誤った違法があり、もって本件各手形取立金返還債務の発生の時期について誤認し、これが判決に影響を及ぼしたこと明らかである。

(1) 第三点(4)・(5)記載で述べたとおり、本件各手形の取立金返還債務の負担は、上告人が青木より本件各手形の取立委任を受け、裏書交付を受けたときと解するが、手形取立委任の法理として通説たるところ、原判決は、この点の明示はなく、全体の趣旨より、手形金取立のときに始めて発生するかの如く解している――第三点(1)の5・7手形についての判示参照――如くであるが、その誤りであること明らかである。

蓋し、手形取立人の独自の行為である手形取立により取立手形が現金化したことのみをもって、何故に手形取立人が取立金について、その返還債務を手形取立委任者に負担するのかの理由が説明されず、その原因は、手形取立委任のとき、当事者間で右委任と共に取立現金化を条件に返還が約されたと解して初めて取立金支払債務の根拠が明らかになるからである。

(2) しかるところ、原判決が上記のとおり、本件各手形について上告人の青木に負担した各取立金支払債務の発生時期について、手形法理の解釈を誤り、又はそれが原因して本件各手形取立金支払債務発生時期についての事実誤認があり、これが第三点で指摘した法一号・法二号の解釈適用を誤ったことと相まって、上告人の本件各手形金取立金返還債務が法一号、法二号のいずれにも該当しないに拘らずこれを適用した違法が存するのであるから、これが判決に影響を及ぼすこと又明らかであろう。

第五点

原判決は、上記第二、第一点(2)・(4)記載のとおりの上告人の本件各手形の取立権(以下これを約定取立権という)あることを無視したことにより、法一号・法二号の解釈適用を誤り、これを適用した違法があり、これが判決に影響を及ぼすこと明らかである。

(1) 上告人は、本件各手形を信用金庫取引約定のある青木から信用金庫取引として取得したものであるから、上記第二、第一点(2)・(4)記載のとおりの本件各手形について取立て、これを処分する権限(約定担保権又は債権として、取引約定四条四項による権利――以下これを約定取立権という)を本件各手形の取得と同時に取得したことになり、且つ、以後本件各手形の取立を了するときまで、これを有していたことは、約定上、これを失う規定がなく、他にこれを喪失する理由がないから、明らかである。

更に、かかる上告人が、一旦、取得した約定取立権としての権利が青木に対し、破産宣告があったことのみをもって当然に消滅したり、又は無効・取消されたりする明文は存せず、この点について被上告人が否認した事実も存しない。

(もっとも、上告人はこれを否認できる破産法上の根拠は存しないと解するものであるが)

よって、本件各手形について、上告人が有する上記の如き、上告人の約定取立権が青木の破産宣告によって何らの影響を受けることなく、本件各手形の取立を了するときまで存続していたと解し得るであろう。

(2) よって、上告人は、本件各手形の取立については各手形の通常の裏書人として、上記第二、第一点(2)・(3)・(4)記載の取立委任義務の履行として、且つ上記(1)記載の約定取立権の行使として取立てたものであるから、これらを取立てた取立金についても、取立委任に対する義務を負担するものとして、且つ同時に約定取立権による権利を有し、義務を負担するものとして、これを保管するに至ったものである。

(3) 而して、かかる約定取立権に基づく手形取立金の支払義務も、事柄の内容・本質から、当然、取立委任と同時に発生し、その支払義務の内容も取立委任と同様に取立委任手形が取立てられ現金化することを条件として取立金を取立委任者(青木)に支払ものと解され、ただこの場合には、青木は取引約定四条四項による上告人の立替金差引・弁済充当の処理を甘受しなければならない義務を負担しているというものであると解する。(この点で本取引約定は、約定担保権となり、対抗力ありと解すること第二の第一点(2)記載のとおり)

(4) そして、本件各手形の約定取立権に基づく手形取立金の返還債務の負担の時期も(3)記載と同様の理由により、本件各手形の取立委任のときと解するを相当とするから、この限りでも上告人の本件各手形取立金支払債務の負担が法一号にも法二号にも該当しないものであること明白であろう。

(5) よって、原判決が5・7以外手形について、「青木の破産による手形金取立委当契約の終了後、これを取立てたので不当利得返還債務として」その取立金の返還を認めている点は、上記本件各手形の取立委任を委任契約と解して、民法六五三条を適用したものと推認し、この限りで首肯し得ても、上記(1)乃至(3)記載如き、上告人の約定取立権に伴う取立金返還債務が5・7以外手形にその取立委任と同時に発生し、これが取立てを了するときまで、青木の破産によっても消滅せず、存続していることを無視した違法、又はこれが破産財団に対抗し得ないものであると解した違法により、上告人が5・7以外手形を青木の破産宣告以後は、取立てする権限が何ら存しないものと誤認し、破産宣告以後取立の5・7以外手形取立金の被上告人への返還が不当利得返還債務となると誤解したため、上告人の負担する5・7以外手形取立金返還債務につき、法一号を適用すべきでないに拘らず、これを適用した違法が存するのであり、これが判決に影響を及ぼすこと明らかである。

(6) この点は又、原判決は何故に5・7以外手形取立金が被上告人に対する不当利得返還債務になり、上告人の上記約定取立権が何故に消滅、又は無効(取消)となるのかの理由を附さず慢然と法一号を適用したのは理由不備の違法が存することになるといえよう。

第六点

原判決は、5・7手形について法二号を適用して、これが取立金との相殺を否定した点において、法二号の解釈適用を誤った違法があり、これが判決に影響を及ぼすこと明らかである。

(1) 上告人は、第一の二・五記載のとおり、5・7手形については、青木の破産宣告前に取立てを了していたから、上告人は上告第三点乃至第五点で詳論した如く、これが取立委任及び約定取立権にもとづく取立金返還債務を確定的に負担していたものである。

即ち、上告人が5・7手形を青木より取立委任として取得したのは、昭和五五年一月二六日である(第一の二の2参照)から、上告人が5・7手形についての取立金返還債務を負担した(取立委任義務並びに約定取立権により)のは、右同日である。

そして、右同日頃、青木は正常に営業をなし、上告人とも正常な信用金庫取引を継続中であって、何ら破産の申立、支払の停止の如き危殆状況はいずこにも存在しなかったこと明らかなものであるから、上告人がこれを知り得ようもしないこと又明々白々のところである。

(2) よって、上告人の5・7手形の取立金支払債務負担は、法一号にも、又法二号の要件にも全く該当しない。

(この点は既に、上記第三点乃至第五点で本件各手形全部について既述であるが念のため述べた。)

しかるに、原判決は、法二号に該当するというものであるから、法二号の解釈適用を誤り、これを適用すべきでないのに、これを適用した違法ありといえる。

(3) 而して、次に原判決は、上告人の5・7手形金取立債務負担を何時と解するものであろうか、判文よりはつまびらかではないが、「破産宣告申立後に支払停止を知りながら、これを取立てたこと明らか」(判決理由、三、再抗弁の判断、3の末節参照)と述べているところからみると5・7手形の満期(昭和五五年三月末日、同年四月五日)の日と解している如くであるが、その誤りであること、既に第三点乃至第五点において述べたとおりである。

5・7手形について、取立金支払義務を負担するのは、これらの手形を取得した日、即ち、上記のとおり取立委任の日であって、これ以外は上告人が5・7手形の取立金支払債務を青木に負担する所為は、一切存在しない。そして、これ以後右満期の日迄に例え上告人が青木の破産宣告申立を知ったとしても、それは何ら法二号の要件に該当することとなるものでないこと上記の破産法一〇四条の立法趣旨・規定内容から明らかであり、ことに本件では上告人は、青木の破産宣告申立は、右満期日頃に全く知らなかったものであること明らかであるから、なお更であろう。

(4) 更に、上記の点に関連して、念のため附言すれば、被上告人が上告人の本件各手形の譲渡担保契約を本訴において、否認したことをもって5・7手形(本件各手形も同様であるが)の取立金返還債務負担の日が法二号の解釈上、これらの手形の取立日になるが如きことは一切存しない。即ち、

(Ⅰ) 破産法第七七条一項の解釈上、本件譲渡担保契約について、これが否認されたとしても、その否認の効果は否認された法律行為の法律効果を当事者間において相対的に消滅させるのみであると解されているところ、被上告人の否認は本件譲渡担保契約のみであるから、これが否認された効果は、本件各手形について、上告人がなした譲渡担保契約が遡って消滅し、本件譲渡担保契約がなかったときの原状にもどされる効果を有するに過ぎないと解される。

(原判決がこれに反するものとすれば、この点に違法ありということになる。)

(Ⅱ) よって、本件譲渡担保契約が否認されたからといって、上記第一の一・二記載のとおり、上告人が本件各手形を青木より信用金庫取引として取立委任を受け、裏書交付を受けたこと、第一の一記載の如き、取引約定を含む青木との間の信用金庫取引契約が存続することは、何ら影響を受けないといわれなければならないからである。

(Ⅲ) 而して、上告人が第一の五記載のとおり、本件各手形をその満期に取立て、取立金を仮受金とした上、本件根抵当権等設定費用立替金、別紙手形買戻請求権の表示(一)の請求権の弁済に充当した上、被上告人に通知したことは、上記取引約定に定められたところの権利の行使であり、同時に取立委任義務の履行であり、それ以外の何ものでもないといわなければならない。

否認によって上告人の否認された行為は効力を失うが、否認された行為以外の一切の権利義務は何らの影響を受けず、又これが権利行使・義務の履行が何ら妨げられないものであることから明らかであろう。

第七点

原判決は、事実誤認・審理不尽の違法があり、且つこれが破産法一〇四条二号但書の解釈適用を誤り、これを適用しなかった違法があり、これらが原判決に影響を及ぼすこと明らかである。即ち、

(1) 原判決は、上告人が

(Ⅰ) 本件各手形取立金の支払義務を負担したのは、青木の支払の停止、もしくは青木に対して破産の申立がなされたことを知った時より前である昭和五四年一二月二九日から昭和五五年二月二六日迄の間に取立委任を受け、通常の譲渡裏書を受けて占有を開始したときであり、上告人の右支払義務は、上告人が青木の支払停止もしくは青木に対する破産の申立がなされたことを知ったときより前に生じた原因に基づくものであるというべきであり、例え、仮りに手形取立金の支払義務の負担が手形取立金のときであるとしても、この義務負担は、手形金取立の原因たる取立委任を受けたのが上記のとおりであるから、破産法一〇四条二号但書に該当するものとして、上告人は右債務を受働債権として相殺が許される。

(Ⅱ) また仮に取引約定四条四項が担保権設定の約定と認められないとしても、右四条四項は少くとも信用金庫の取引先に債務不履行の事由がある場合には信用金庫において右取引先から取立委任を受けた手形について取立などをなす権限を信用金庫に付与したものであり、信用金庫はその場合委任契約上の義務としてではなく取引約定四条四項に基づく信用金庫の取立て処分権限の行使として取立てをすることになるものと解せられる。そして取引約定五条一項によれば取引先について支払の停止または破産等の申立があるときは、取引先は信用金庫に対するいっさいの債務について当然期限の利益を失い、直ちに信用金庫に対して債務を履行すべきものであるから、取引先が右債務を履行しない場合には信用金庫は取引約定四条四項により取立委任手形について取立て処分権限を取得し、右権限に基づいて取立てた手形金により取引先の信用金庫に対する債務を相殺し得ることを当然に期待するものであって、斯様に相殺し得るとの信用金庫の信頼は保護されるべきものである。

(Ⅲ) 本件においても、本件各手形についての取立委任は青木と上告人との間の取引約定四条四項、五条一項を前提としてなされたものであるから、上告人は青木について支払停止又は破産等の申立などがあるときは右各手形の取立金と青木の上告人に対する債務を当然相殺し得ることを期待し右各手形について取立委任契約に基づく債務を負担したものであって、かかる上告人の信頼は保護されるべきものである。そうすると右各手形の取立委任契約は破産法一〇四条二号但書にいう破産債務者が支払の停止もしくは破産の申立がなされたことを知った時より前に生じた原因にあたるというべきである。

(Ⅳ) また信用金庫が取引先から手形の取立委任を受けた場合に右取引先との間に取引先が右手形の取立委任を撤回し得ない旨の特約があるなど手形取立金返還義務を受働債権とする相殺の担保的機能についての信頼を保護すべき事情の存する場合には破産法一〇四条二号但書に該当し相殺が許されるものであるところ、本件においては青木と上告人との間の取引約定四条四項、五条一項により、青木について支払停止または破産等の申立などの事由があるときは上告人は本件各手形についての取立処分権限を取得し、青木の依頼があっても右各手形を返還しない旨を約しているものであるが、これは青木が本件各手形の取立委任を撤回し得ない旨の特約と解すべきものであるから、上告人の本件各手形の取立金返還債務は破産法一〇四条二号但書に該当するものとして相殺が許されるものというべきであると主張したのに対し、

(イ) 本件の手形取立委任契約(取引約定)が昭和五二年一月二七日に成立したことは認められるが右破産法の規定にいう前の原因とは債務負担の具体的かつ直接的原因を指し破産申立前に成立した手形取立委任契約のごときものを指すのではないと解するのが相当であるとしてこれを排斥し、

(ロ) 又、取引約定四条四項は、

担保の作用を営むことがあるとはいえ、同条項にいう手形等は、上告人において予め担保価値を把握し担保目的で占有を取得したものではなくして、たまたま上告人の占有下に入るものであり、その取立処分金の返還債務と青木に対する貸金債権、割引手形買戻請求債権とは明確な対応関係を有しないものであるから上告人が右条項に基づき有する相殺の期待は元来それほど大きいものではないと考えられる。これに対し、青木の一般債権者は、右条項に基づく相殺が青木の破産宣告後も許されるということになれば、上告人がどれだけの金額で相殺するか、したがって青木の一般担保から逸出して行く財産がどれだけであるか全くその限度を図りがたいことになり、著るしく不利益な立場に置かれることになる。そうだとすれば、上告人の前記条項による相殺の期待はこれを特別に保護するに値するものとみるのは相当でなく、上告人の債務負担が、右条項により、上告人が支払の停止もしくは破産の申立があったことを知ったときより前の原因によって生じたものとすることはできないとして、上告人の上記主張を退けた。

(2) しかしながら、上記原判決は、判文上一見明白であるとおり、上告人が上記第二の第四点で述べた如き、本件各手形のそれぞれについて上告人が負担した具体的特定した手形取立金返還債務について顧慮することなく、昭和五二年一月二七日に成立した信用金庫取引契約の取引約定四条四項の条項のみを検討したに過ぎず、且つ「同条項にいう手形等は、上告人において予め担保価値を把握し、担保目的で占有を取得したものでなくして、たまたまその占有下に入るものであり……上告人がどれだけの金額で相殺するか全くその限度をはかり難いこととなり……」と述べて上告人が相殺に供する手形取立金支払債務が不特定・不確定であるかの如く解している点において、審理不尽・事実誤認の違法があること、上告人が第一及び第二の第一点乃至第五点において述べたところから明らかであろう。即ち、

(Ⅰ) 上告人は、本件各手形について具体的に特定して、その取立金返還債務を負担した時期・内容を明らかにし、上告人が青木からの取立委任により現実に具体的に負担する本件各手形の取立金返還債務について、これが上告人の青木に有する反対債権と相殺が認められるか否かを明らかにしたものであるに拘らず、原判決はこの点を誤認し、上記の如く判示しているのであるから、その事実誤認・審理不尽あること明らかであり、ひいてはこれが法二号但書の解釈適用を誤らしめたこと明らかである。

(Ⅱ) そして、上記(1)の(Ⅰ)乃至(Ⅳ)記載のとおり本件各手形取立金返還債務は、法二号但書に該当するものであるに拘らず、これを排斥した原判決は、法二号但書の解釈適用を誤った違法があり、取消をまぬがれないというべきである。

(3) 尚、破産法一〇四条二号但書にいわゆる「前に生じたる原因」の「原因」について、手形の取立委任の約定がこれに含まれるか否かについては、上告人の知る限りにおいては裁判例が未だ見られないが、手形割引取引について、最高裁判決(昭和四〇年一一月二日民集一九巻八号一九二七頁)は、金融機関が買戻しの特約を含む手形割引契約に基づき手形を割引いた後、割引依頼人の支払停止を理由として、同人に対し当該手形の買戻請求をした場合に取得した割引依頼に対する買戻代金債権は、破産法一〇四条旧三号(現四号)但書にいう「前の原因」に基づき取得したものであり、相殺が許される旨を判示しているところから類推すれば、取引約定四条四項・五条一項により相殺の保護を受けるとの信頼をもってなされた本件各手形の取立委任契約は、破産法一〇四条二号但書にいわゆる「前に生じたる原因」と解することが、最高裁判決の趣旨に合致すると解するものである。

又、破産法一〇四条二号但書に基づき、「前に生じたる原因」として相殺が許容されるべき場合について、取立委任契約等が「原因」に該当するか否かについて、「保護すべき相殺期待が大きい場合は、破産法一〇四条二号但書に基づき相殺を許してよい」とするのが学説の支配的見解(三ケ月ほか・条解会社更生法(中)九〇六頁・谷口倒産処理法二三九頁等)であり、本件において、破産者において支払の停止等一定の事由が生じた場合に、上告人において破産者より取立委任を受けた本件各手形について、上告人の権限に基づいて取立てし、取立金返還債務と相殺するべく期待することは、繰り返して述べたとおり取引約定の文言上明らかであるとともに、金融機関取引における取引慣習常識に照らしても明白であるから、原審判決は最高裁判所の判決の趣旨に違背し、又金融取引における慣習・常識にも反するものであり、取消しを免れないものと附言する。

別紙約束手形目録〈省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例